救世日記

キゲンガ

2024.5.26

人というものは機嫌の良し悪しがあるものだと聞いています。

機嫌の良い時は道ゆくご婦人方に、あら奥さん、なんて声をかけたくなりますが、機嫌の悪い時は小鳥のさえずりが私を問い詰める責め文句のように聞こえてくる、そういった「波」のようなものが人間の精神活動の中に確かに存在するのです。

この「波」は、もちろん個人差がありますがほとんど全ての人間に共通する性質であり、太古の昔より神との交信だとか狐憑きといった現象で説明がされてきました。しかし、科学とマスメディアの力によって理性の盲目化に陥っている今我々はそのような土着的な解決法では納得することはできず、「波」の不安定によって生じる精神障害に常日頃から苦しめられているのです。

機嫌が悪い時の対処法として現代で最もポピュラーな方法は、という疑問に対する答え、おそらくそれは「演技」なのではないでしょうか。

不安になった時に深呼吸をして落ち着いているようなフリをしたりだとか、深く傷ついたときに笑ってしまったりだとか、そういった肉体の反射とでもいうべき行動、それは精神と肉体が統一された行動ではないという点において「演技」だということができるだろう。「演技」を行うとき人は肉体によって精神を欺き、天秤の皿を水平にするために天秤ごと傾けるといったような歪な調和を生み出す。

精神の安定を図るために人は「演技」をし、肉体を酷使し続ける。そのうちに人は肉体だけ生きていると錯覚し精神の在り処がわからなくなる。勝負のつかないオセロみたいに裏、表、裏、表と精神と肉体が入れ替わり立ち替わり、どっちが表でどっちが裏だったか。

ただただ不幸じゃなければ良かっただけなのに、精神と肉体が分離してしまっても今なお機嫌は良くならない。精神の不調の波の揺れに合わせるように肉体はピクピクと動き続けるだけなのだ。