瞼の裏の男
2024.8.23
さて寝ようと思い目を閉じると、そこにはスーツ姿の男がパンチを繰り出していた。
その男は黒のベストに白いワイシャツ、ネクタイはせずになんか高価そうな腕時計をしていて、いかにもキャバクラのボーイといったような格好をしていた。顔立ちなんかもどことなく猛禽類、鷹、鷲、といったような顔をしていて、これもまたカブキチョー、ミナミなんかにいそうな風体である。
カブキチョーの男、とでも名付けておこうその男はパンチ、キック、パンチ、キックと溢れんばかりの暴力を私の瞼の裏で繰り広げており、なんとも恐ろしい。
まず、暴力を振るっている相手がいないのである。何もない空間に向かって大振りのパンチ、ヤケクソのキック、これは間違いなく気が違ってしまっている動き。次に、その思い切りの良さ! 喧嘩や格闘技なんかで見られる自分の動きに対する迷い、逡巡、そんなものは一切なく、まるでショベルカーでゴミをペシャンコにしているような、そんな非生物的なパンチとキックなのである。
瞼を瞑れば、カブキチョーの男はやぁとご挨拶よろしく拳を飛び出してくる。じゃあ目なんて閉じてやらねえよと、目を開けたままポカンとベッドに横たわっていても面白くもなんともない。窓の外から街灯の光が透けて入ってきて、ぼんやりと部屋を白みがけるだけだ。
そんなこんなで目を閉じたり開けたりを繰り返しているうちに頭はキリリとクリアになっていき、より一層ベッドなんかに横たわっている場合じゃない、ないじゃないのっとベッドから降りて、明かりをつける。視界は一瞬白光に包まれるがすぐに見慣れた部屋の様子に戻る。
目を閉じる。カブキチョーの男、パンチ、キック、パンチ、キック。私も真似て、拳を握る、パンチ、、キック、、そしてしばらくの空白、パンチ、何かが当たった音、目を開ける。開けたところで見慣れたいつもの部屋。まだ眠れない。