ピラミッド遺跡
2024.8.23
古代エジプト、ナイル川の畔、誰もが知っているその建造物は何も語らず。何も発さず。
「昔はどんな景色がピラミットから見えたんでしょうかねぇ」 なんて同行の男は呑気な声で喋りかけてくる。私はそれを無視して、砂の上を芋虫のように這っていく。
「私が思うにそんないい景色じゃなかったと思うんですよ。ほらだって、お墓なんだから」 懲りずに話しかけてくる男の顔を思いっきり睨みつけて、私は砂まみれになった顔を手の甲でゴシゴシと擦る。戦況はより激化したようで、周囲に立ち込める砂塵は濃くなる一方だ。こんな話は聞いていなかった。まるで詐欺に遭った気分だ。口汚く罵ろうと思ったが口に砂が入って叶わなかった。
最初はただ、妹がイラクの男に嫁いだその結婚祝いの帰り道のはずだった。妹の晴れ姿を見て、たくさんのご馳走にありつけて、いい気分で、その辺に知り合った男と一緒に帰る道の途中のはずだった。しかしピラミッドの麓まで来た瞬間、世界は轟音と共に激しく叩き割られた。
何がなんだかわからぬまま、安全な場所を求めて転がるようにしばらく逃げ惑った後に、我々はようやく何かの戦闘に巻き込まれたらしいことと安全な場所などないことを悟った。
はじめの轟音からどれくらい経っただろうか?事態は未だ好転せず、絶えず大砲の音のような鳴りが響いている。そういえばさっきから連れの男が静かだなと思い、後方に目を向けると、首から上が吹っ飛び、断面から血がピューピューと吹き出ていた。チッと舌打ちをし、また前を向く。このままでは私も砂漠の一部となってしまう。うかうかとはしてられない。
とはいったものの目の前は巻き上がった砂煙で明瞭とせず、今自分がどこにいるのかもわからない。なんの手立ても、解決の機会すらもないことを了解した私はズボンのポケットに手を伸ばし、タバコを漁る。ポケットの内側がなんだか生温かく、ヌメっとしていることに気づく。どうやらいつの間にか太ももを負傷していたようだ。私は構わずタバコを取り出し、火をつける。血で濡れていたタバコはジジと火種を燻らせただけで、すぐに消えてしまった。
これは軍の戦争だろうか、それとも民族同士の衝突か。考えてみたが、今頃痛み出した太ももは火傷のように熱くなり、思考を邪魔する。どうでもいい。どうでもいいから早くこのメチャクチャを終わらせてくれ。3日前に別れた妹はまだ花嫁気分で幸せな顔をしているだろう。だがそんなこともすぐにどうでも良くなり、萎んでいく思考に合わせるように体を小さく折りたためる。死が近い。なんとなくわかる。だがその前にもう一本、タバコが吸いたい。タバコが吸いたい、そのことだけ考えて地面に顔をくっつけて呼吸を止める。轟音がまた近くなった。顔の横を何かが掠めた。耳と肩が熱くなり、体を強く脈打つ。また轟音、
その音を聞いた途中に私の体は弾け飛び、ポップコーンのように散り散りになった。その最後の断片、私の右目玉はより高く飛んでいき、砂煙の上まで届き、カイロの青空を覗いた。広がる快晴、浮かぶ太陽、ピラミッド、そのすべてを断絶するかのように銀色の船体が空中にあった。私たちの歴史はより大きな歴史の隙間にすぎなかったのだろう、と考えているうちに右目玉は放物線を描き、地面に衝突し、潰れた。