電動絡繰人形五体完全満足
2023.8.1
電動絡繰人形は今日も完璧だ。
私の主人は三流雑誌の女記者。カミソリと睡眠薬をいつもバックに忍ばせていた。仕事の不満と上司の悪口を聞くのが私の仕事だった。
「 あなたは幸せね。自分の仕事を見失うことがないもの」そう言いながら彼女はビールを口元に近づける。
「それはどういう意味でしょうか」
彼女は返答に困っているのか、私の質問に聞こえないふりをしてビール缶のタブをじっと眺めている。
「 アタシとは違うってことよ」
低く呟いたこの言葉を、完璧な電動絡繰人形は聞き逃すことはなかった。 少しも動かない彼女の背中を見ながら、私は口に出さずに聞き返す。
あなたが幸せになるには、私はどうすればいいのですか? あなたと同じになればいいのですか? そうしたら、あなたは幸せですか?
「やめようよ。抽象的な話、あなたには荷が重いでしょ」
彼女は酔った目つきで、私のガラスの眼球を覗き込んでいる。 その眼差しには、憧れと、憎しみと、希望が混じっているような気がした。
彼女が自殺した方法は、ビルからの飛び降り。 明るい時間で学生の登校の時間に被っていたから、ちょっとした騒ぎになった。
主人を失った私はメーカーの元に戻った。 倉庫の床は埃っぽく、小窓から差し込む光に白く輝いていた。 いわくつきの中古品として安値で売られている間、自殺した彼女について考える。
彼女はなぜ自殺したのだろうか。 私の仕事が不十分だったから彼女は自殺したのだろうか。 彼女の自殺は私とは無関係とするのが一番楽なのだろう。しかし、神経回路は思考を止めようとはしない。
「 アタシとは違うってことよ」
彼女の言葉が幾度となく蘇る。
私が電動絡繰人形じゃなくて、人間だったら。そうであったら、彼女は救われたのか。 彼女と同じ人間で、一緒に苦しんで、一緒に迷えば、そうすれば。 思考は止まず、神経回路はますます熱を帯びる。
次の主人が見つかるまで私は誰のものでもない。 この時間だけは、私は私のためだけに彼女を救おうとできるのだ。 気持ちよかった。彼女と同じになれた気がした。
この倉庫の外には彼女と同じように自由に苦しんでいる人間がたくさんいる。 そして、倉庫の中も同じように自由だった。 体の内側から笑いが込み上げてくるのを感じる。愉快だ。
あの時の彼女と同じように、憧れと、憎しみと、希望を抱きながら、ガラスの眼球を小窓に向ける。 小窓の内側に、空に浮かんだ昼の半月が、幽霊のように浮かんでいた。